優しい胸に抱かれて
週明け。開けたフロアの扉は自棄に重たく感じた。
なるべくなら顔を合わせたくない人が、すんなり視界に入り込んできて朝一番に困惑する。
でも、目は合うことはなかった。いつもある笑顔はそこにはなかった。
『…おはようございます』
それぞれが思い思いの挨拶を投げてくる中に混ざった彼の声は、はっきりとは届かなかった。口パクとも取れる挨拶だった。
私はトボトボと自分の椅子に腰を沈め、パソコンを起動させた。ぱっと点いた画面の光源を悄然として見つめていた。しょんぼりとしている私に隣の平っちが不思議そうに覗き込む。
『おはよ、どしたの? 元気ないじゃん?』
『ん、夜中までテレビ観てて、ちょっと寝不足かな…』
『日曜の夜に面白いテレビなんてあったっけ?』
『うん、テレビショッピング』
『…それ、絶対につまんない番組じゃんか』
『同じこと繰り返し解説してた。高圧洗浄機が19800円だって、ずっとアピールしてたよ』
そう返した時、ディスプレイには次々をアイコンが映し出され、マウスのポインタが現れるのをうっすら悲しい気持ちで待っていた。
『うん、それがテレビショッピングってやつなんだ。何度も刷り込まれるうちに、買う気にさせる商法じゃん。高圧洗浄機なんて絶対いらないじゃんか』
『うん、いらないけど…』
『今日の柏木、変だ』
深夜に点けたテレビでは通販番組をやっていた。何回も何回も同じ商品の説明をしていた。それが購入意欲を駆り立てる効果なのだろう。だが、そんなしつこい様は、私の頭の中とまるっきり等しいものだった。面白くはなかったけれど、私と一緒だ。と、意識あやふやに見入っていた。
その日から、いつも助けてくれる彼は私を避けていた。おかげで私から避けなくて済んだ。
話すこともなければ、一緒にいることもなくて、姿を見ることもなければ[なぽり]にも彼は来なかった。
メモ帳のブックマーカーを外したくても、『誕生日プレゼント』って言った時の顔が浮かんで、外せないでいた。それを、見るのが辛かった。
今までの期間は何だったのかというくらいの、渇いた1週間だった。
それでも、私は好きだった。