優しい胸に抱かれて
□アドバイス
 ニットカフェのヒアリング、現地調査へ向かう途中。地下鉄大通駅、地上へ出てところ。札幌の街の中心部を東西に通る広場、大通公園を背に北へ歩いていた。

 どうしよう、どうしようと落ち着かない丹野さんの姿に、笑みが漏れる。

「緊張する?」

「はい、ドキドキしてます。分からないことだらけで失敗しないか心配です」

「うん、私も最初は緊張した。会社で練習した通り、言葉遣いに気を付けて、挨拶をしっかりして名刺を渡すこと。これさえできれば今日のヒアリングはクリア」

「それだけ…、ですか?」

「そう、それだけ。そのあとは私の仕事」

 それだけと言われて彼女はしゅんとする。彼女だけに始まったことじゃない。今まで教えてきた後輩全員が、「期待されていないんだ」と顔に表した。

 その度、『あの時、あのやかましい上司が言っていたのはこのことか』と、何度も何度も、嫌でもその台詞が浮かんでくる。そして、これでいいのだろうか、こんな教え方でいいのかと悶々とする。

「今日は雰囲気だけ掴んでくれればいいから。初めから上手くできる人なんていない。何度も失敗して、経験して解っていくものだから。焦らないで一つ一つしっかり覚えていってね?」

「…はい」

 張っていた肩を落とした彼女だが、私よりも背が高く大人びた容姿に、これじゃどちらが先輩か見た目じゃ判断は難しいと、私の方が落胆してしまいそうだった。

「解らないことを解らないままにすると、後で自分が困ることになるから、いつでも聞いてね。私じゃ頼りなかったら、島野さんでも日下さんでもいいから」

「日下さんってどんな人なんですか…? あの人、ちょっと怖いです」

「怖い? 日下さんが?」

 世間一般では日下さんは怖い人の部類に入るらしい。


「…係長、何で笑うんですか?」

「あの人は目つきが悪いだけだから」

「それ言ったらみんな目つき悪いですよ」

「うーん…、確かに。悪いのは口だけでいいのにね?」
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