優しい胸に抱かれて
 緊張している丹野さんをよそに、早めに着いてしまった私たちを依頼者の水元さんは快く迎えてくれた。

 水元さんは肩にストールを引っかけ、エンジ色のマキシ丈のスカートがよく似合っていた。ふんわりとしていて物腰の柔らかそうな女性だった。

 大通駅から徒歩5分、雑居ビルの1階で立地は申し分ない。元雑貨屋さんの居抜き物件。什器備品、内装の造作は引き継げるが、思い通りのお店にできるかどうか難しいところだった。

 趣味が高じてニットカフェをオープンしたい、物件は見つかったが何から始めたらいいかわからないとのことだった。ヒアリングというより相談に乗ってアドバイスする形、話を聞くことだけでこの日は終わった。

 好きな音楽、休日の過ごし方、よく観るテレビ番組。ショッピングはどこに行くか。

 他愛もない会話の中にヒントがある。

「…ヒヤリングとかプランニングって、こういうものなんですか? すごい駆け引きが見れると思ってたので…」

「すごい駆け引きって…。ごめんね、駆け引きは苦手なんだ」

 いつまで経っても、みんなみたいにはうまくやれない。

「世間話しかしなかったですよ?」

「まだ、一回目だから焦らない。何回も何回も出向いて形になっていく。どうしたいか具体的に決まっている店舗もあれば、意見を聞きたいと言ってくる店舗もあるし。お任せもある。もちろん一回目で、やっぱ余所でって断られることもあるけれど、きちんと話を聞いて、クライアントのニーズに全力で応えるのが、私たちの仕事」

「こんな世間話でも、ですか?」

「それが大事なの。相手の考えを読むこと。立地を見て、雰囲気が合うか、イメージに合うか考える。時には建築士とぶつかることもあれば、施工とぶつかることもある」

「よく係長と島野さんと喧嘩してますよね。佐々木さんとも。たまに部長とも…」
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