優しい胸に抱かれて
■しゃきっと
‥‥‥‥‥‥
彼と初めて会話という会話をしたのは、入社1ヶ月目の洋食屋の[なぽり]でだった。
テーブルの上に広げたメモ帳をぼんやりと眺めていた。メモ帳の中身は特段重要な事は記されていなくて、誰がどの部署でどの役職だとか、仕事の流れだとか。
当たり前で取り留めのない事柄ばかりで、わざわざメモする程の内容ではなかった。焦点の合わないそれをやり切れない思いで眺めていた。
席が埋め尽くされ満員だった店内で、メモ帳から顔を上げると辺りを見渡す、当時主任だった彼と目が合った。
『柏木? ここいい?』
『ああっ、はい。どうぞ…』
まさかの相席に驚く暇なく、慌てて向かいの椅子に置いた鞄とメモ帳をテーブルの上から撤収させた。
お昼休みに社内の誰かと相席したことがなかった私は、とにかく緊張していた。
『一人のとこ邪魔してごめんな?』
『いえ、大丈夫です…』
『そういや…、柏木とはあんまり話したことなかったけどさ。俺のことわかる?』
突拍子もないことを聞かれた私は、しどろもどろになりながら答えたと思う。
『え、えっと…、工藤主任です』
『なんだ、てっきり覚えられてないと思ってた』
確かに、彼からも誰からも話し掛けられることも、何か頼まれることもなかった。
それだけ頼りにならないと思われていると、感じていた。
『主任のことは知ってます。いつも…、ここでお勉強しながらナポリタンを食べているの見てたので…』
『…、毎日食べてて飽きないのかな、って思ってた?』
一瞬、目を丸くした彼は悪戯っぽく笑みを返し、『そう、顔に書いてある』と、言われて顔が赤くなるのを感じた。
注文を取りに来た店員に『ナポリタン、一つ』と、告げた表情は、おねだりして欲しい物を買って貰えた幼い子供みたいで、笑ったあと水が注がれたコップに口を付けた。
私が頼んだオムライスとナポリタンが同時に運ばれてきた。差し出されたスプーンを受け取った際、ふわりとシトラス系の香りが鼻を擽った。
彼と初めて会話という会話をしたのは、入社1ヶ月目の洋食屋の[なぽり]でだった。
テーブルの上に広げたメモ帳をぼんやりと眺めていた。メモ帳の中身は特段重要な事は記されていなくて、誰がどの部署でどの役職だとか、仕事の流れだとか。
当たり前で取り留めのない事柄ばかりで、わざわざメモする程の内容ではなかった。焦点の合わないそれをやり切れない思いで眺めていた。
席が埋め尽くされ満員だった店内で、メモ帳から顔を上げると辺りを見渡す、当時主任だった彼と目が合った。
『柏木? ここいい?』
『ああっ、はい。どうぞ…』
まさかの相席に驚く暇なく、慌てて向かいの椅子に置いた鞄とメモ帳をテーブルの上から撤収させた。
お昼休みに社内の誰かと相席したことがなかった私は、とにかく緊張していた。
『一人のとこ邪魔してごめんな?』
『いえ、大丈夫です…』
『そういや…、柏木とはあんまり話したことなかったけどさ。俺のことわかる?』
突拍子もないことを聞かれた私は、しどろもどろになりながら答えたと思う。
『え、えっと…、工藤主任です』
『なんだ、てっきり覚えられてないと思ってた』
確かに、彼からも誰からも話し掛けられることも、何か頼まれることもなかった。
それだけ頼りにならないと思われていると、感じていた。
『主任のことは知ってます。いつも…、ここでお勉強しながらナポリタンを食べているの見てたので…』
『…、毎日食べてて飽きないのかな、って思ってた?』
一瞬、目を丸くした彼は悪戯っぽく笑みを返し、『そう、顔に書いてある』と、言われて顔が赤くなるのを感じた。
注文を取りに来た店員に『ナポリタン、一つ』と、告げた表情は、おねだりして欲しい物を買って貰えた幼い子供みたいで、笑ったあと水が注がれたコップに口を付けた。
私が頼んだオムライスとナポリタンが同時に運ばれてきた。差し出されたスプーンを受け取った際、ふわりとシトラス系の香りが鼻を擽った。