優しい胸に抱かれて
 未だ寝息を立て眠っている日下さんが、描いたであろうパース図はデスク上に散乱していた。そこらじゅうに原案が散らばっているってことは、帰らなかったのだろう。

 机の片隅に開きっぱなしで置いてある、過去のプラージュ山鼻店のファイルのページは未熟なアシスタントだった私の、拙い文章が羅列してあった。

 あまり見られない隙を見せている日下さんは、すやすやと子供みたいな寝顔を腕の間から覗かせていた。

「あ、意外に睫が長いんだ」

 物珍しそうに観察をしていたところに、島野さんがこれまた珍しく3週続けての休日出勤に、グレーのジャケットに黄色のTシャツ、ジーンズといったカジュアルな格好で登場した。

「何だ、柏木も来てたのか。おはようさん」

「おはようございます。…島野さん、どうしたんですか?」

 昨晩、「どうせお前、明日出社するんだろ? 俺は家族サービスだ、休むからな」なんて言っていたような気がする。思い違いだろうかと、視線を持ち上げた。

「さすがに、追い込み掛かってる旭川組に悪いからな。ライレンジャーのイベントすっぽかして来たんだよ」

 やり場のない溜め息を吐いて、自分の席に歩いていく島野さんを目で追う。

「ライレンジャーのイベント?」

「…んあ、ちっ。…うるせぇな」

 寝言とも取れる言葉を発した日下さんは、眠気眼でこちらを見上げる。「あ、寝言じゃなかった」と呟いた私に対して、眉間に彫られた皺が「うるさい」と、無言の圧力をかけていた。

「すみません…」

 すかさず謝ったのは条件反射。どうやら寝起きはすこぶる機嫌が悪いらしい。

「日曜日の朝、テレビでやってる、戦隊ものだ。稲妻戦隊ライレンジャーって番組だ。息子を連れてく約束してたんだけどな。朝から嫁さんと子供にぎゃーぎゃー騒がれてな」

 昨晩、車内で流れていたあのBGMはその何だかレンジャーとやらの主題歌だったんだ。
< 233 / 458 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop