優しい胸に抱かれて
『あ、ありがとうございます。主任、いい香りしますね。香水ですか?』
『好き嫌い分かれるから香水なんて付けてないんだけどな、クライアントとプランニングの時だとか気にして…』
振った話がまずかったみたいで、相当気にしてしまったらしく怪訝そうに自分の袖口や二の腕を交互に嗅いでいる。
『なんの匂いだろ…。匂いなんて今まで指摘されたことないんだけどな。…ワックスか?』
なんて毛先を弄りだした。心当たりがない様子に、どうやらその微かな香りは私だけが気づいたみたいだった。
とにかく、謝ろうと口を出そうとしたら、彼は何かを思い出したかのように瞳を大きくさせた。
『…あっ、制汗ジェルだ。ああ、ごめん。これから食事なのに、匂いきつかった? どうも独り暮らしだとにそこんとこ気づきにくいんだよな、誰かいれば別なんだろうけどさ』
『あ、いや、そうじゃないんです。そんなに気になるほどじゃなくて、微かになので、えっと…あの、いい香りだと思ったから…』
『あはは。わかった、わかった。そんなに気を遣うなって。柏木は? 彼氏いるの?』
気を悪くさせないようにと言えば言うほど空回りして困っていると、あっさり笑い飛ばしてくれた。そして彼は、一口頬張ったナポリタンを飲み込んで、僅かに真顔になった。
『あ、はい、付き合ってまだ2ヶ月ですが一応います…。主任は?』
付き合ったいる期間なんて聞かれていないのに、余計なことを言ってしまったと、相手に話を振った。そもそも話し下手なのに、自分の話しから話題を変えようとしたことにすぐに後悔した。
ついさっき、独りを臭わす発言をされたばかりなのに、と。
そんな私の失態を気にしていない様子で、ナポリタンをフォークに絡め取る。
『俺? こんなんでいると思う?』
フォークで皿を突いて、『夜はともかく、どこ行っても昼はナポリタンしか食わない男、嫌だろ?』と、自虐を吐いた。