優しい胸に抱かれて
「鈍いつもりはないんですけど…」

「鈍いつもりはないだと? 人の話聞いてたのか? 丹野と同じレベルか? よくそれでプランニング煮詰められてるな、まさかたまたまじゃないだろうな、奇跡か? お前は相変わらず自分のことには鈍いな。鈍くても自分なりに積み重ねてきた仕事は完璧に近い状態だ。褒めてるんだから、受け止めろ」

「単細胞なんだから無駄無駄、疲れるだけ。それより柏木、コーヒー」

 話を遮った日下さんはガサガサとコンビニの袋に手を突っ込み中を漁る。黙ってコーヒーを淹れて来いってことらしい。

「…はい」

 無理矢理話を終わらせたのはもしかすると、首筋が寒くなる思いを察してくれ、わざとかもしれない。と、その背中を一目見る。

 ビニール袋から取り出したおにぎりを机に並べていた。おにぎりにコーヒーの食い合わせといい、いまいちよくわからないと首を傾け、黙ってコーヒーを淹れに行く。


 褒められるのは嬉しいし、自信がついて結果に繋がる。
  
 やる気になって自信を持って、みんなに追いつこうと必死になったのは過去のこと。

 何もかも忘れたくて、何だかよくわからない無心で働いた2年が過ぎた。

 島野さんが見せてくれた林くんのニットカフェのデザイン画は、昨晩遅くまで作業したとはいえ、この短時間に描き上げたものはイメージ通りで、月曜のプランニングで煮詰めていける基盤となるもの。

 自分で責任取ると言いながら、後輩に信頼されるほど自分のやっていることに、責任持てない。あったはずの自信が消えてなくなりそうだった。

 3日前まで普通にできていたことが、できなくなりそうで怖い。


 1人になれた休憩所で溜め息をこぼす。いつからこんなにやるせない思いの溜め息が増えたのか、考えなくても明白なことに、頭の中にいる私が首を捻る。

 まだ3日しか経っていない。


 ついでに自分の分と島野さんの分のコーヒーを淹れて作業場へ戻ってくると、日下さんはスタンバイさせていたお味噌汁のカップを差しだし「お湯」と、一言述べる。

「お味噌汁あるなら先に出してください」

 よかった、まともな味覚だ。なんて妙な安心感を覚え、変な不満を述べカップを受け取った。もちろん目を合わすことなく。
 
 お湯を注ぎ戻ると、島野さんはまだ私が提出した書類の隅々を丁寧に確認していた。
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