優しい胸に抱かれて
 島野さんと席は向かい合わせ。画面の端から伺うと、完全に仕事モードに切り替わって、眼鏡の向こうで眉を顰めぶつぶつと独り言のように語りかけてくる。
  
「この案件、うちの製品ばっかりで大丈夫か? 最近、商品部のミスが多いんだよな…」

「売上伸ばすため、積極的にうちの製品を。それが会社の方針ですから」

「どうも信用できないんだよな、発注後の管理徹底しろよ」

「はい」

 島野さんの書類をめくる音、私のキーボードを打つ音、背後で日下さんのマウスを操作する音のみとなった。 


 お昼を過ぎたところで「ライレンジャーに間に合わない」と島野さんは急に立ち上がった。

「結局家族サービスかよ」

「パパは仕事という敵に勝ったぞ」 

 パソコンの画面に視線を移し、穏やかな表情を作る。

「勝ってねぇだろ、終わってねぇんだから」

「島野さん、ちゃんと色覚えてきてくださいね」

「色なんかどうでもいいだろ、どのみちセンス悪いんだから。良かったなセンスのいい嫁さんで」

 帰り支度を始めた島野さんは、仕事道具を机の上に広げっぱなしの状態で「さては、てめえらは俺の敵だな」って芝居がかった声を出し指をさす。何とかレンジャーの真似なのだろうか。

 こんな口の悪いヒーローに助けられたくはないと思ってしまうが、優しさには懲りているからこのくらいでちょうどいい。


「何と戦ってんだよ。…いいから早く行けよ」

 お昼ご飯を食べている日下さんは、おにぎりを持った手で早く行けと島野さんを追い払う。朝ご飯と同じメニューのおにぎりを口にし、お味噌汁を啜った。

「じゃ、お先…。お前、どうしたんだ? 土曜日だぞ?」

 作業場から出ようとした島野さんが立ち止まり、信じられないといった視線が向けられた方を見ると、平っちがズボンの裾からシャツを出したままだらしない恰好で歩いてくる。


「サワイクラフトの澤井部長が今日は旭川にいるからアポ取って、北見の改装の件でこれから旭川行くんですよ」

「随分、熱心だな。雪でも降るんじゃないか? 柏木、今日の天気は?」

「今日は晴れです。もしかすると、このあと崩れるんですかね?」
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