優しい胸に抱かれて
「休みに出社したくらいでひどい。あった、あった…」

 誰もが驚くのは仕方ない。休日出勤をしたことのない平っちは、ぶつくさと自分のデスクを漁り、ファイルやら書類を鞄に詰め込む。

「熱心なのは俺じゃなくて、工藤さん。柏木が責任は私が取ります、とか余計な事言うから巻き込まれたじゃんか」

「勝手に動いたのは私だから」

 2人を信頼して任せたけれど、上を通さないで勝手な行動を取ったのは私だ。

「だーかーら、島野さんの大事な部下に責任を取らすわけいかないって躍起になってんじゃん。部下の責任は上司の責任、引き受けたのは自分だから俺が責任取るとか言っちゃって、島野さんにも責任取らすわけにいかないだろって。俺はしがない運転手、工藤さんを迎えに行くとこです」

 平っちは諦めの色を見せ、チャラチャラと鍵の付いたキーホルダーを鳴らす。

「よくわかってるじゃないか、当たり前だろ。ところで、お前の車で行くのか?」

「そうですよ。工藤さんの車の方が乗り心地いいはずなのに、乗せてくれないんですよ。知ってます? あの車、現金一括で買ったんですよ。ドライブするには乗り心地重視とか言って、そんな理由で新車買いますか?」

「彼女とドライブしたいからだろ? 動機が不純なんだよ、あいつは子供か」

 ちくりちくりと刺すような胸の痛みを振り切って、2人の背中に向かって声を上げる。

「…勝手に話終わらせないでください。この件は、私が責任取ります」

「だったらよからぬこと考えるな。褒めただけじゃ足りないのか? 月曜、お前もニットカフェ行ってきちんと丹野に教えろ。お前らしくない半端なことしやがって。部下としてお前みたいな奴でも必要って言ってんだ」

「よからぬことって…?」

 島野さんから必要と言われ、鼻孔の奥がつんとした痛みが走る。振り絞って出た涙声は、嬉しさからではなかった。

「生意気にとぼけること覚えやがって、鈍い奴に騙されてたまるか。お前を教育したのは誰だと思ってんだよ、気づかないとでも思ったのか? 今のお前は入社したての頃と同じ顔してるぞ」

 島野さんはそれだけ言うと、平っちと並んで話しながらフロアの出入り口へと歩を進める。私は言い返すことができず、否定することもなく2人の背中を見つめていた。
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