優しい胸に抱かれて
「島野さん、最近部長みたい。似てきたんじゃないんですか?」

「誰が部長みたいだ。やめろよ、仕事以外は尊敬できない人だろうが。子供が片づけないからってゲーム機捨てる人と一緒にするな」

「げっ、サイテー。俺、部長の子供だったらグレてるかも…」

「何言ってんだ、平が部長の子供だったら合コンしてないだろ。ところで、実際どうなんだよ、改装の件」

「実は、苫小牧(トマコマイ)も貰えそうなんですよ」

「…あのやろう。ほんと、すっとぼけやがって」


 今日の島野さんは急に褒めたり、島野さんらしくなかった。きっと、「辛くても辞めるな」って言いたかったんだ。

 しっかりしなきゃと思うのに、できそうにないのを見破られて立ち尽くす。


 2人の姿が見えなくなって、ようやく私は体の向きを変えた。結局片づけないで帰って行った島野さんのデスクは、資料やファイルでとっちらかっていた。

 足下には案の定サンダルがひっくり返っている。パソコンの電源も落とさなかったようで、画面の中で幼い男の子がこちらに笑顔を向けていた。



 頭の奥底に残った、別れようと告げられる2ヶ月前の記憶の一部分がいきなり溶け出てくる。

 それは、私の誕生日だった。


『私でいいの?』

『俺には紗希が必要』


 その2か月後、島野さんは今みたいに同じことを電話で言った。

『柏木、待ってろよ。あと1年で戻るからな。戻った時には俺の部下としてお前が必要なんだ、解るか?』


 必要と言いながら別れようと言われ、待たなくていいと言われたのに、待ってろと言う人がいた。
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