優しい胸に抱かれて
■不確かな糸
‥‥‥‥‥‥

彼が1人で設計することが増えたとはいえ、実際は共同設計が多かった。部長だったり先輩だったり、誰かとデザインを捻出する。

このままじゃ建築デザイナーになれない。図面を引いてデザインを描いて、店舗を造る。建築士としてごく当たり前のことができない。


現抜かしてる場合じゃない。

お前が邪魔してるんだよ、あいつの可能性を。


日下さんに言われたことをいつまでも引きずっていた私は、それ以来平日の夜は一緒に帰ろうと誘われても、適当な理由を付けて断った。

一人で勉強したいと言えば、『一緒にやった方が紗希が解らない問題は俺が教えられるだろ?』と、設計のことなら専門が目の前にいるのだ。

当然の答えが返ってきて困った私は、部屋を片づけなきゃいけないだの、友達と会うだのと、徹底的に逃げた。時には週末ですら会うのを我慢した。


それが半年続いた。

その間に彼は学科の試験があり学科には合格し、次は実地試験目前の前週。試験前だからこそ邪魔しちゃいけない。


『…え、今日は宅配便受け取らなきゃいけないから』

『紗希? それ、昨日も言ってたけど? いつまでそんな嘘続けるの?』

何度か繰り返した嘘がバレ、車に乗せられた。つくづく嘘をつくのが下手くそだと思った。


『俺は紗希と一緒にいたい。紗希は?』

『私も…、紘平と一緒にいたい』

『だったら何でそんな嘘つくの?』

『…邪魔したくなかったから』

『邪魔じゃないって。一緒にいたいのにいてくれないしさ、気になって勉強どころじゃないんだけど?』

それは私も一緒だった。淋しさで勉強が手につかない、ちっとも身に入らないでもやもやしていた。


『でも…、一緒にいたら集中できないでしょ?』

『…わかった、紗希がそうしたいなら試験が終わるまでそれでいいよ。だけど、週末は一緒にいような? 今日は送るよ』

その言葉通り、私の家の前に車を停めると、私の頭を撫でた。その手で頭を押さえられ、顔が近づいてきて皺が寄った眉間にキスをした。
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