優しい胸に抱かれて
彼の試験が終わり、私が受けたインテリアプランナーの、手応えのなかった試験が終わった11月中旬。以前のようにとはいかなくても、会うのを故意に減らすことはなくなった。
空気が冷たく感じる冬手前。
彼のお姉さん、綾子さんが旦那さんと喧嘩してやってきた。いつもなら『今から向かいまーす』と、私にだけ電話をくれていたのに、この日は連絡がなかった。
そればっかりではないが、ナポリタンやオムライスがほとんどの偏った食生活の私たちに、いつも綾子さんは和食を振る舞ってくれた。
この日は、彼の実家のこじんまりとした畑で採れた大根とじゃがいもをわざわざ持参し、ブリ大根を肉じゃがを作ってくれた。蒸かしたじゃがいもで食べたじゃがバターは、ほくほくして甘くて本当に美味しかった。
『あんたたち、一緒に住んじゃえば?』
食後のコーヒーにクリームを入れようとした時、綾子さんがとんでもないことを言いだしたものだから、私はクリームのポーションをカップの中に落としてしまった。
『あっ…』
『綾が変なこと言うから。それは俺が飲むよ、勿体ないから』
コーヒーを取り替えようと立ち上がる私を制止させ、コーヒーに浮かんだクリームの容器をスプーンですくい上げた彼は、そのままカップに口を付け一口啜る。
その様子を横目で観察してた綾子さんは、また突拍子もないことを発言した。
『変なことじゃないわよ、家族が増えれば楽しいじゃない』
『ほら、また変なこと言う。話が大きく変わっただろ』
『紗希ちゃんならうちの家族は歓迎だわ。紗希ちゃんの名前に糸が付いてるでしょ? うちの家族全員、糸がつく名前なのよ。お母さんは美紅、お父さんは一綺。私は綾子、ほらね?』
『…糸?』
言われてみれば。と、彼の実家の表札を呼び起こす。糸編の名前が並んでいた。だから、綾子さんは社員証を見て驚いたような顔をしていたんだ。
糸がつく名前なんてたくさん存在する、実際よっしーの名前は絹で糸がついている。