優しい胸に抱かれて

『また余計なことを言う…。自分の旦那にはついてないのに』

『ほんと、どうしてあんな女心のわからない男を選んだのかしらね。最大の選択ミスだわ。やっぱり糸で繋がってないのかしらね』

『よく言うよ、迎えに来させといて。…紗希は紗希だから、糸がつくとか関係ない。そんなの偶然だよ』

ぼんやりとする私に、言い聞かせるように『糸がついてるから、紗希を好きになったわけじゃないから』って、頭に重みが加わる。


いつもしてくれる仕草に安心しながらも、名前負けしている気がしていた私は、初めて自分の名前を好きになった。

名前でも、糸でもいいから、想いは繋がっている。そう信じていた。



綾子さんは迎えに来た旦那さんの良さんと、言い合いながら仲良く帰って行った。その日の夜、綾子さんから電話があった。

『…今日は突然ごめんね?』

電話口から聞こえる綾子さんの声は、元気がなくて悲しそうだった。


『良と付き合ったのは高校2年の時で、それからずーっと一緒でさ、腐れ縁みたいなものなのかな。田舎を離れることなく、一緒にいて楽だから結婚したわけ。24歳で結婚して7年も経てば周りはいい加減、子供作れってうるさいのよ』

綾子さんと良さん夫婦の間に、子供はいなかった。決して欲しくないわけじゃなくて、できなかった。

『30歳過ぎて焦ってきてね、不妊治療に良が積極的じゃないからイライラしてたんだ。良は会社引き継ぐのに仕事、仕事で話し聞いてくれなくなっちゃって、焦ることない、自然にできるって言われたって、今しかないって思うからもどかしくてね、もやもやがずっと続いててね…』

悩みは違っても、綾子さんの気持ちはよくわかる。普段、パワフルな綾子さんだけれどきっと、私と同じようにずっと1人で悩んでいたんだろうと思った。
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