優しい胸に抱かれて
私は必要、ないってことだ。
『どうしても知りたいなら、まだ札幌にいるのだから行ってこい』と、部長に言われたが、唇を噛みしめた私は首を左右に振るしか返事ができなかった。
あの迷いのない瞳は、確かな意思が込められていた。会いたくなかった。また同じ悲しみを味わいたくなった。2度目はもっとずっと辛い。
必要とされていないんだって解って、私の存在価値はそこで途絶えた。誰かに必要とされていないのなら、私の存在は意味がないとさえ思った。
『俺には必要』そう言った言葉が。あれもこれも。どれもそれも。全部嘘に聞こえた。
『可哀想になるな、その顔は』
『すみません…』
『謝る必要はないが…、失恋を忘れるのには新しい恋だって言うが無理そうだな』
『部長も…、そういうことあったんですか?』
『38年も生きてればそれなりにな。…まあ、昔の話だ』
『新しい恋は…、まだ考えられません』
『そうだろうな。お前は精神面が弱すぎる、流されるな。あれこれ考えるのはいいが、もっと自信持て。今は無理だろうが、乗り越えろ。乗り越えなければ何も変わらんぞ』
乗り越えられる日が来るなんて、考えられなかった。
『理由なんてものは知らない方がいいことだってある、事実はお前たちは終わったって事だけだ』
出し尽くしたと思っていた涙が頬を伝う。心が受け入れていないところに、第三者から事実を言葉で示される。
『今は辛いかもしれない、いつか忘れる時が来る。時が解決してくれる。その時にはお前は強くなっているはずだ。忘れられるか、引きずるか、それは柏木次第だ。あいつとは同じ会社なんだ。あいつが戻ってきた時、笑えていたらお前の勝ちだ』
『頑張って、忘れます』
無表情な部長が困ったように眉を寄せ、口調がいつもよりずっと穏やかで、私の知らない部長だった。
もう泣くなと、ジャケットのポケットからハンカチを取りだすと、私の目の前に置いた。
丁寧にアイロンを当てたハンカチは柔軟剤の優しい香りがして、奥さんの部長への愛に感涙にむせぶ。