優しい胸に抱かれて
『泣かしているのは部長ですっ』
『俺じゃないだろうが、ったく。俺の部下は不器用な奴ばっかりだ』
重たい溜め息を一つ吐いたあと、『その顔はみんなに見せられないだろ? 朝礼は出なくていい』と、私は1人会議室に残された。
だけど、それは気遣いなんかじゃなかった。
正直、みんなには会いたくなかった。だからって、朝礼に参加しないわけにはいかないと、扉を開けるとフロアの真ん中、すでに全員が集まっていた。
『…特別言うことはない、毎日同じこと言われて飽きてくるだろ?』
部長は集まるみんなの顔色を伺うように見回し、離れた場所から私の姿を捉え厳しい視線を送ったあと。
『金曜日と同じ』
それだけ言って朝礼を終わらせた。
私はどよめくフロアに背を向けて、会議室の扉を内側から閉めた。
一緒に帰った金曜日。いつもと変わらず彼は鞄だけを手にしていた。いつ、デスク周りを片づけたのか知らなかった。
放ったらかしにされていたのに、口の悪いみんなが今日は優しかった。
誰に聞いたのか、部長にでも聞いたのだろうか。お前がどんなに辛いか俺らが一番わかっているから、無理するな、とでも言いたげな顔をする。
『どうせ、何も食べてないんだろ』
『たまには甘いもの飲めばいいじゃん』
佐々木さんと平っちが大きなビニール袋を引っ提げて、私がぽつんといる会議室にやってきた。袋から一つ一つ取り出して、テーブルの上に店を広げる。
佐々木さんの携帯が鳴って一言二言交わしたのち、手渡された携帯電話。
『島野さんがお前と話したがってる。話せるか?』
こくりと頷いて耳に当てると、島野さんの落ち着いた声が届いた。話すのは久しぶりだった。
『たまに電話してこいって言っただろ』
『島野さん、大事に出来なかったです。ごめんなさい。大事に、出来なかった…』
平っちが買ってきたティッシュを空いている手に持たせてくれた。1パック5箱入りの安いものじゃなくて、質のいい柔らかなティッシュは腫れた瞼には優しかった。