優しい胸に抱かれて

ハンカチを差し出されて同情されたんだと思ったけれど、そもそも部長が同情なんてするわけがなかった。

『今日のところは帰っていいぞ。泣きたきゃいつまでも泣いていろ。こういう時にこそ立ち上がれないアシスタントはいらない』

携帯灰皿に吸い殻を捨て、部長は出て行った。

いよいよ本当に突き放されたんだって思わずにはいられなかった。


その日。放心状態でいる私を、佐々木さんが無理やり自分の黒いRV車に乗せた。送ってもらう道中で佐々木さんは、独り言のようにボソボソ話した。

『あいつらは凄いよな、よく出向行けるよな。俺は建築士になるのを諦めた人間だから、あいつらが羨ましくもある。俺は現場で自分にしかできない事を探すしかないもんな…』

車の中で悲しいバラードが流れていた。彼女の趣味だ。と、失笑し1フレーズを口ずさんだ。


『男と女、何があるかわからんよな。俺の彼女なんか10分前に笑ってたと思ったら急に怒ってみたり、出て行ってみたり。男ってのは女に振り回されてなんぼだ…。ま、俺は天気にも振り回されてるか』

昼から降った雨は霙に変わった。佐々木さんはずぶ濡れで現場から戻ってきて、水浸しになった工具類を丁寧に拭いていた。


『お前は諦めるなよ、インテリアデザイナー。どんなややこしい什器でも俺が施工して設置してやるから。こら、童顔。聞いてんのか?』

車から降りる際、強めの口調でそう言って私の耳を引っ張った。


帰ってから長い時間、体育座りの状態で膝に額を付けうずくまっていた。

入社から3年、色んな情景が頭の中を貫いて行った。



ーーーーー

 この日を境に佐々木さんは、飲み会で私に絡まなくなった。

 島野さんからの電話は鳴らなかった。

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