優しい胸に抱かれて
 自分の席にすとんと腰を下ろす。座って机の上に意識が向き、視線が奪われる。

 キーボードの手前には新しい名刺の他にメモ帳が置かれていた。私が今まで使ってきたものと全く同じ物だった。色は黒でB6サイズのソフトレザー調の表紙。中も一緒、方眼紙。違うのは真新しいってことだけ。


 思わず立ち上がって、島野さんに興奮気味にメモ帳を見せる。

「…これ。島野さん、これ。これは、誰が…?」
 
「さあ、知らん。それより、この案件のインテリアお前に任せる。おい、柏木。聞いてんのか…」


 見せたときにメモ帳の間からぱさりと紙が落ちる。島野さんの話が耳に入ってきたのは途中までで、「聞いてます…」と適当に返し、また椅子に座り直す。


 外出の予定がなくずっとここにいたであろう島野さんが、とぼけて知らないふりをした。


 メモ帳に挟まっていた紙は折り畳んであった付箋だった。付箋の糊付けされた箇所も丁寧に広げると、綺麗な字でこう書かれていた。


[おめでとう これはお祝い。今日も早く帰るように]


 もう何度となく過去に見てきた、癖のない流麗な字体。

 使い続けてきたメモ帳が終わりを遂げたのを知っているのは、私以外に1人しかいない。


 一瞬、何がおめでとうなんだろう、って脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされるところだった。思い当たる「おめでとう」は商品化のことくらいしかなかった。それって、おめでたいことなのだろうか。と、またクエスチョンマークが浮かぶ。

 一つ一つ噛み砕かなければ意味が理解できなくて、頭の中で自分の設計したチェアが商品化に繋がったのは「おめでとう」なんだ。と、納得するのに時間が掛かった。


 だけど、こんなの受け取れない。
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