優しい胸に抱かれて
 島野さんはそう言うと、口角を持ち上げ意味深な視線を日下さんへ送る。

「応戦しなかったってことは、やましい気持ちでもあるみたいだな?」

「…別に」

 ぶっきらぼうに返答した日下さんは、佐々木さんが見えなくなって動き出す。それを追うように平っちの声が周辺に響く。

「あっ、日下さんまでどこ行くんですかっ」

「うるせぇな、自分の目で確かめんだよ。平も確認しとけよ、てめぇのことだろ。こうなりゃ、自分以外信じられねぇよ」

 発注ミスしたと思われた製品を確かめに、目と鼻の先に建つ倉庫へと向かう。まるで、確認作業を行った佐々木さんを、信用していないみたいな言葉つき。


「佐々木さんが嘘ついてるって思ってるんですか?」

「…それなら平は、あちこちに電話掛けてキャンセルしたのが俺だと思ってんのか?」

「あ、いや…」

 ばつが悪そうに頭部に手をやる平っちは、日下さんのあとを慌てて追いかける。遅れること更にその後背を私たちも追った。


 佐々木さんが確認のため剥いでいたビニールを、日下さんが一部分めくると平っちが声を上げた。

「あっ、全く違う。俺が発注した製品とは別物じゃんか…」

「…これ、うちの製品」

 製品管理番号が貼られた銀色のシールに視線を置いて、続けるように私が口を開く。


 自社製品かどうかの判別くらいは見れば明々白々。解らないはずがない、管理部門で嫌ってほど向き合ってきたのだから。

 オフィス事業部と違って、店舗デザイン事業部ではあまり使用しないスライディングウォール。だけど、製品の角に貼られたシールの型番は、当社のオリジナル製品で間違いない。


 もちろん、平っちが頼んでいた特注のものとは全く別の製品ってことになる。最初に浮かんだ疑問が言葉になって口から出て行った。

「じゃあ、さっき見せてもらった発注書はどういうこと?」

「その解明は飯を食ってからだな。まず平は丹野に謝ってこい。…しかし、柏木の椅子の設計図紛失といい、どうも色々胡散臭いな…」

 すっかり忘れていた朝の件を思い出す。鈍くさいから間違えたんだと言っていた島野さんは、日下さんの背中に問いかけた。

「それと、日下。キャンセルの電話はお前じゃないんだな?」

「…さぁ? どうだか」

「どこ行くんだ?」

「煙草。…別に逃げやしねぇよ」

「そうだな、まずは飯の前に煙草だな」

 と、煙草を吸わない3人を置き去りにし、喫煙者2人が建物へ向かう。思い立ったように走り出した平っちは、その2人の姿を追い抜かして行く。


 この状況に、去って行くみんなを恨めしく思いながら、置いて行かれた私は彼に背中を預け気まずく歩き出した。
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