優しい胸に抱かれて
 だけど、負けず嫌いで、中途半端な仕事はしない人だ。

「女より仕事。飯より仕事。自分の体より仕事。結果、一度も連絡は来ない。連絡しても門前払いだ。彼女は淋しさで押し潰れそうになっていた。毎日泣いて仕事も手に着かない。相談に乗るうちに、お互い惹かれ合ったわけだが、流石にすぐには、はいそうですか、とはならない。時間は掛かったが森田とはきちんと話し合って終わりにした」

 そこまで話すと軽く一呼吸置いて、話を続けた。


 ただ黙って聞いていた。どうして話してくる気になったのだろうと漠然と思っていた。

 一度も連絡がなくて放置されていたらと、自分に置き換えてみる。

 淋しくて泣いているのは、同じだろう。私から連絡はしなかったかもしれない。邪魔したくないから。

 待っていられる自信はあるのに、部長の話を聞いたらどうだっただろう。と、省みる。離れたことでお互い束縛するものがなくなったのは事実。

 でも、待っていたかった。


「森田も納得していた。仕事を優先していたが、森田は本気で好きだったんだろうな。俺が結婚して、子供が生まれ、成長して。幼稚園のお遊戯会で仕事を休んだ日だ。家族連れの俺を見かけた日から、始まったんだ」



 森田さんを仕事以外のことで裏切った理由。

 数々の仕打ちは恨まれても当然の事をした報い…。


 話し合って納得してくれたのに、どうして。


「自分がいたであろう場所に俺がいて、奇しくも何かと比べられる同期だ。何処にきっかけがあるか、解らないもんだ。人を好きになるのも、人を憎むのもな。誰かを好きになるということは、誰かを傷つけるのことなのかもしれないな」


 胸が詰まるような、経験を積んだ言葉の重みが心に響く。
< 373 / 458 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop