優しい胸に抱かれて
 ポケットから鍵を抜き取り、手の中に握る。作った拳に日下さんの両手が覆い被さる。

「お前っ、それ俺の車の鍵じゃねぇかっ」

「…連れてって、くれないなら、…自分で行くっ…!」

「馬鹿か。お前…、俺の車を廃車にする気か! いって…、みぞおち…。くっそっ、こいつっ…、油断した」

 離された腕が自由になって、握った指を開こうとする日下さんに力任せに腕を振りかざした。


 瞼に張り付く涙を拭い、ペン立てから鉛筆を掴み取る。少しの隙をつけれれば、この際ボールペンでも定規でもホチキスでも、なんでもよかった。

 とにかく、運ばれたという病院に行きたかった。



「…いつから俺が怪しいって勘ぐってたわけ? どうせ、調べる前からだろうけどね」


「柏木に近づいた時には完全に怪しいと睨んでた。工藤が商品部にケチ付けに行ってお前を見たって、その日の晩に聞いた時にはもしかしたら何か思うものがあったかもしれないが。何しろ俺の大事な部下を、夜中まで連れ回されてムカついてたからな」


「その大事な部下って…、なるほどね。ほんと、同情するよ。彼女には…」


「何でこんな馬鹿な真似したんだ? すぐバレるのは解ってたんだろ?」


「さぁ…。お前らで遊びたかったのかもね。森田さんは後悔しているんだろうか?」


「さあな。後悔していたとして、後悔しているのは森田さんだけじゃない。前川さんもだ。…お前はどうなんだ?」


「後悔するくらいなら、最初から企んでないね。そのICレコーダー、証拠に突き付けていい。…終わりにしたかったのかもしれない、こそこそした毎日から。商品部に異動した先でもこれかって、隠蔽に改竄は繰り返されて、本来の目的はすっかり見失って。…建築デザイナー、目指してたんだけどね」


「それを後悔してるって言うんだろ? 俺の上司ならこう言うだろうな…。何かを始めるに遅すぎるってことはない。って、出向前に言われた言葉だけどな」


「…戻るよ、こってり怒られてくるか。みんなに謝罪した方がいいだろうね?」


「こいつらは謝罪より、誠意を見せろって言うだろうな」


「さすが、徹底してるね…」
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