優しい胸に抱かれて
 フロアの入り口まであと数歩、というところで入室してきた平っちに阻まれた。


「…あれ? なーんだ、まだやってたんですか? さっきの島野さんの電話から結構経つのに…。柏木、どしたの? 何で、鉛筆振り回してんの?」

「平! そいつを取り押さえろ。エルボーに気を付けろよ…」

「うわ…、どうしちゃったの柏木。泣き過ぎじゃん?」

「離して、平っち! 邪魔しないでっ…」

 あっけなく両腕を取られ身じろぐ私の後ろから、今度は襟首を掴まれた。振り向くと、日下さんが射抜くような目で見下ろしていた。


 表情は不機嫌そのもので負けじと鋭く見上げた私の、気持ちばかりの抵抗は虚しく鍵を奪い取ると、フロアの真ん中まで引きずられる。

「女だと思って力加減してやれば、風邪でふらふらしてたくせに、このっ。こっち来い! ろくに運転できねぇのにそんなんで運転して、…お前が死んでどうすんだよ! 工藤に何かあった時に、支えにもならねぇ状態でどうすんだよ、しっかりしろ!」


 ようやく前に進める、そう思っていたから。

 支えたいから、側にいたいから、今すぐにでも病院に行きたいのに。どうして、わかってくれないのだろう。


 向き直され、両肩を掴んで揺さぶられる。言い聞かせるように強く揺らされる体は立つ気力を奪い、もう一切の抵抗する力が残っていなかった。


「日下さん…、連れてってくださいっ…」

 崩れそうな体を日下さんの胸に預けて、しがみついた私の頭に嫌気をさした嘆息を振りかざす。

「いい加減にしねぇとぶん殴るぞ。よく見ろ、こいつは誰だよ?」

 頭を鷲掴み強引に向かされた視線の奥には、行く手を邪魔した平っちが惻隠の情を催す面持ちで傍観している。


 引き攣った表情は、気の毒そうな不憫でならないとでも言いたげで、どう見ても憐みの対象として私を見ていた。

「…平っち、っ」

「あぁ、平だよな。何で救急車に乗った奴がここにいるかその単細胞の頭でよく考えてみろ」

「な、んで、いるの…?」

「馬鹿か、乗ってねぇからだろ」

 わからない、もたげた頭を左右に振る。
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