優しい胸に抱かれて
 背面から肩に回された手で頭を押さえつけられ、「よしよし、日下は乱暴だからな。体は大丈夫か、柏木?」と、佐々木さんの声が耳に届くや否や、私の体は瞬時に強張った。

「佐々木さんっ、嫌い…、っ」

「そんなこと言うと泣いちゃうぞ、俺は!」


 いつもの理解し難い悪ふざけの延長だとは、皆目頭の片隅に持ち込んではおらず。

「いいか、よく聞けよ。工藤は無事だ、ピンピンしてる」

 そう言われても、相手が足場の細工をした人なのだから説得力がない。

 佐々木さんから逃れようと日下さんの背中に回す腕が緊張する。肩に乗る腕を振り落としたくても、立っているだけで限界だった。


「抱き着くんじゃねぇ!」って拒んでいた日下さんは、「鼻水つけたら承知しねぇぞ…」と、諦めた声を出し肩を落とした様子。

 鼻水だけはつけないように、額を胸板に押し当て佐々木さんから顔を背ける。


 不意に、途切れ途切れのノイズが耳に伝わり、遠くの方で聞いたような聞いていないような、雑音に混じる喋り声が流れてきた。

『…仲間割れは真実、動揺を見せたのは演技、足場の事故は嘘。じゃあ、…』

 恐る恐る顔を上げると、島野さんが細い目をして覗き込んでいた。手には何か機械を持っていて、それがボイスレコーダーだと気づいた時には。

 音声に被せて『敵を欺くにはまずは味方から、だ』いかにも芝居じみた口調に続けて、「センスがないと言った罰だ。参ったか」などと、馬鹿にしたように笑い声を立てた。


 それでも。何を言っているのだろうと、相手の顔を物色すると「これだから、鈍ちんは困る」そう言って、ぺらっとした紙を見せる。

 何かの裏紙に手書きで書かれたそれは[計画書]と謳っていた。


 佐々木は当面直行直帰。
 4月2日工藤・平・佐々木の3名は
 午前中、1件施工して帰社。
 但し、工藤・平は佐々木とは別行動。
 昼1時間の人払い。
 倉光を呼び寄せる。
 平→島野へ事故を装う電話。
 家族に電話(島野→平)
 油断させ口を割らせる。
 佐々木乱入。
 工藤は最後に戻るように仕向ける。
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