優しい胸に抱かれて
 ぐったりと項垂れ、瞼を涙で滲ませる私の周りで、みんなが騒がしい。

「大丈夫か?」

「ちょっとやり過ぎたか?」

「だから、やめとけって言ったんだ」

 後ろめたさみたいな良心は持ち合わせていないと思っていたが、宥るように頭をポンポン叩いてくる。


 疲労感と体中の力が抜けていくような安堵感。いつでも意識を手放す準備はできている。でも、まだ早い。

 嘘と真実がごちゃ混ぜ状態の頭の中。引きこもろうとする思考をなんとか繋ぎ止めていて、全てを信じるにはみんなの声だけじゃ不十分で。

 島野さんの発した一言にも対応できないでいた。


「…来たな、店舗レンジャー最後の一人」


「ところで、店舗レンジャーってなんだ?」

「あぁ、佐々木さんは知らねぇのか…。よくわかんねぇけど、…おかしな遊びじゃねぇか?」

「何戦隊になるんですか?」

「平、絶対聞くんじゃねぇぞ。ネーミングのセンスもねぇんだから」

「逆に気になってきた!」

「その逆にって、何に対しての逆なのか気になるよな…」



「何の…、騒ぎ…?」


 尾を引く騒々しさの間に見つけた、様子を窺うようなぎこちない声に反応して、時間が止まったかのようにぴたりと止まる涙。

 縺れた心の糸が解きほぐされていくみたいな、本当の意味での安心感がそこにはあった。


 虚ろだった意識は薄っすらした香りに驚くほど正直で、側に感じる気配に腕を伸ばす。


「マジな顔してんじゃねぇよ…」


 日下さんの苦々しいなじりを背中で受けながら、捉まえた布の端を手繰り寄せ飛び込んだ。


 忘れたはずだった。心の中から何もかも消えたはずだった。

 全部、忘れたはずだった。


 だけど、この香りとこの温もりは体が覚えてる。


 大好きで、大事な人のものだから。


「紗希…?」


 しっかりと受け止められ、すっぽり包まれた。優しい声に乗せて呼ばれた名前が響き、心の奥を溶かしていく。


 止まった涙が再び溢れた。必死こいて塞き止めていたものが崩れ、激しく逆流していくみたいに、溜め込んだ涙はそう簡単には止まらなかった。
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