優しい胸に抱かれて
「…何を遊んでるんだ? 柏木、風邪ひいても移しても殺すと言っただろ」
ジャケットに覆われた向こうから、飛んでくる部長の声に逸早く反応する私の体は、ぴくんと馬鹿素直に肩が跳ねた。
「そんなこと言われてたのか…」
「まだ、移してませんっ…」
「紗希。あんなのは聞き流していいから」
背中を撫でる紘平の手に少しの力が籠る。
「島野。スケジュールの調整もいいが、日曜日旭川のグランドオープン忘れるなよ。口上手な日下も連れていけ。佐々木は現場ばかり行ってないで少しは事務処理を手伝え。それと平、おやつばっか食ってないで勉強は進んでるのか?」
多分怖い顔をしているであろう部長は、それぞれに口早にそう言った。
「忘れてはいなかったけど、すっかり忘れてた」
「今週は休んでやるつもりだったのに、また休日出勤じゃねぇかよ」
「俺がやるより、柏木が処理した方が早いし正確なんだよな」
「おやつ食べながら勉強して何が悪いの?」
各自、思い思い口を滑らせた。不満を聞く気がないくせに「何だ、不満か?」と、みんなの姿を見渡しているのが目に浮かぶ。
声の距離からして、応接間の入り口付近にいるのだろう。完全に涙は止まったものの未だジャケットの内側に隠れる私に、向けられた厳しい語気。
「それと、柏木。お前は完全に風邪が治るまで俺の前に姿を見せるな。あとは、工藤。案件抱えていないお前が一番暇そうだな? この責任をきっちり取ってもらうぞ。そのくたばってる奴をさっさと連れて帰れ、治るまで2人とも自宅謹慎」
そう言い放った部長に、一斉に非難が上がる。
「そもそも原因はこいつだろ」
「楽してんじゃねぇよ」
「何で、何もしてない奴が…」
「ずるい!」