優しい胸に抱かれて
 去年の春、入社した丹野さんが緊張した面もちで書類を抱えて私の隣へとやってくる。任せていた仕事で何かわからないことがあったのだろう、か細い声を出す。

「…係長、これ教えてもらっていいですか?」

「どれ?」

「この…、ここに設置する什器はこれのことですか? それともこっちですか? あとこれが…」

 前に差し出された書類の束には、カラフルな付箋が幾つか貼ってった。

「そんな一気に? 一つ一つ解決しよっか。これはうちの製品だね、RKS1800-351の鏡面の方。それと、この図面の意味は…」

 ペン立てから鉛筆を取り、丸を付けたり線を引っ張ったりして説明していく。彼女は時折頷きながら「はい」、「はい」と、返事を挟む。

「…出来そう?」

「はい、頑張りますっ」

「あまり根気詰めなくてもいいから、適度に休憩しながら。ね?」

「はい!」

 席に戻った彼女は、製品一覧表とリストとを交互に目をやりながら、説明の間に記した落書きを元に熱心にメモを取っている。

 彼女が使っているメモ帳も、やはり分厚い物だった。


 私の席の向かい、島野さんの席ではその当人と、日下さんが話をしていた。

「今のはいつ入った奴?」

「丹野のことか、まだ一年生だ。柏木の追っかけ」

「追っかけ? 何だそれ? しかし、いない間にここも随分変わったな。和泉さんや岸さんたちもオフィス事業部に?」

「三課の連中とな。三課の作業場だった場所はミーティングルームになった、っても休憩所になりつつあるけどな」

「平がおやつばっか食ってんだな」

「合コンの話しをしながらな。日下の席はそうだな…、その辺の空いてるところ使えよ」

「まあ、席はどうでもいいや。当分は挨拶回りでいないことが多いだろうし。さてと、ちょっくらオフィス事業部に顔でも出しとくか」

「俺はこれから保谷と打ち合わせ3件廻って、そのまま接待呼ばれてるから今日は戻らないから、あとは適当にやっといてくれ」

「了解」

「保谷ー、用意できたか? 柏木、聞いてたか。何かあったら携帯鳴らせ」

 日下さんが間仕切の奥に消え、島野さんが私の前に影を落とす。指を握り耳に当てる動作をして、サンダルから革靴に履き替える。

「はい」

 返事をして視線を落とす。机の前で脱ぎ捨てられたサンダルの主はすでに姿はなく、仕方なしに奥へと突っ込んだ。
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