優しい胸に抱かれて
「柏木ー、ちょっと来い」

 落ち着く間もなく、パーティションの向こうから大声で叫ばれる。呼んだのは前川部長だった。


「取りに来いと言っただろ」

 呼ばれて来れば、組織図をぺろっと渡された。よっしーに見せて貰ったものと相違のないものだった。

「総務部で見せてもらったので…」

「何だ? 不満か?」

「いえ、特に…」

 何かを言いたかったわけではない。発したところで交わされて終わりだから何も言うことはなかった。

 それでも、不満が顔に出ていたのか、一瞥されて文句なら聞いてやるから言ってみろとでも言いたげな顔をする。

 こうして対峙していても埒があかないらしく、私は口を開くしかないようだ。

「…どうして、今日からだって私にだけ知らせなかったんですか?」

「知らせていたとして、何か変わったのか? それとも、心構えや気構えっていうものが必要な程、あの日俺に言われたくらいで精神的に追いやられたのか? 同じ部署だってことをなめてたのか?」

 私は答えなかった。答えようとすればまた何も言い返せないで押し黙るだけ。

「…見事ですね、この組織図。ライバル同士が別々の課で交わらない。部長の言う通り、愉しい一年になりそうですね」 

 と、最後に思ってもいない台詞を付け足した。


 部長も私の言葉に答えることなく、ゆっくりと口を開く。

「…どれなんだろうな、お前の2年は。たったの2年で変われたのか、たかが2年で変われるわけないのか」

 やはりそれには答えず、組織図を受け取り一礼して部長の席を離れた。


 誰もが2年、2年とそこだけを強調する。それも、自分を含めて。

 2年どころか、未だに私はスタートラインに置いてきぼりをされている気がしていた。


 たったの2年、たかが2年。もう2年、やっと2年…。どれかなんてわかるわけがない。
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