優しい胸に抱かれて
[建築士の花園]は花園と謳っておきながら花壇じゃない。


[関係者以外立ち入り禁止]の薄汚れたプレートの関係者の部分を線で引っ張り[店舗デザイン事業部]と書き足されている、重い鉄扉を開けると、更に上へと繋がる階段が待ち構えていた。


 ああ、やっぱりだ。


 喫煙所でもなく、駐車場の一角でもない。植木鉢や花壇らしきものは一切ない。

 そこは室内じゃないと勝手に決めつけていて、でもどこかは見当はつかなくて。

 ただ、何となく。みんなが長い時間、行方を眩ます場所はきっと、空の下だと。

 息抜きとサボりを含め、あれこれ悩みを解消して、感受性を豊かにさせる場所。


 蛍光灯1本の暗がりを照らす弱々しい灯りを頼り、上った先にはまた重い扉が出現した。錆び付いた扉には、誰かが油でも注しているのだろう。より軋しむ音がするかと思いきや、軽快に開いた。


 開けた視界は意のままに、一面を覆う夕空に色づく茜色が広がっている。


「灯台に行くまでの間、ここで我慢して。寒くない?」

 ここへ来る前から瞳が潤んでいたのに、そういうこと言うから瞼が涙で潤ってしまう。



 そこが、屋上だって、どうして気がつかなかったのか。この部署が最上階の一番奥まったところに孤立されているっていうのに。


[建築士の花園]は想像とはかけ離れた容姿をしていた。ベンチがいくつかあって、ガーデンテーブルとチェア。パイプ椅子やオフィスチェアやら、統一性のない腰掛けは名前入りで、どうやらみんなの個性を表しているらしい。


 手を離した紘平は、隅に設置された物置から新しめの防寒着を持ってきて、私の肩に掛けた。


 錆が浮き出た物置の外側は幾重にもペンキが塗られてあり、その中はといえば工具以外にも、オフィスデスクが並べられていて、書きかけのエスキスが混在している。

 電気は電工ドラムから引っ張っているらしく、たわんだコードが這いつくばっていて、壁に張られた[火元取扱責任者]のプレ―トに、部長の名前が掲げられてあった。
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