優しい胸に抱かれて
「平。そんなに飲みに行きたいなら、先週流れた昇格祝いするぞ」

「えー…。柏木は同期って気がしないから、酒でも交わせば解ると思ったのに…」

「疲れるだけだからやめとけ。よし、平が幹事で決まりだ」

 見兼ねたわけではなく、島野さんの横やりは単に飲みに行きたいだけのものらしい。


「佐々木さん、スキンシップ禁止」

 その紘平の声だけが届き、佐々木さんはこそっと耳打ちする。

「俺が柏木と同じ課なのは、工藤に嫉妬させるためかもな?」

「そこまで、計算してますか…?」

「あの部長ならやりかねない」

「…解る気がします」

 自分が愉しむためなら、なんにでも手を出しそうだ。



「あの動画、お前らの結婚式で流してやろうか?」

「島野さんっ、絶対やめてください!」

「何で柏木が嫌がるんだよ。…俺が恥ずかしいだけじゃねぇか」

 日下さんが煙草に火を点けると、反射的に島野さんも煙草を咥える。ライターを持つ手とは反対の手で吹く風を庇い、咥えた煙草を近づける。


 佐々木さんは片手で煙草を取り出し、噛まずに指で弄びながら、躊躇いがちに言葉を紡いでいく。

「柏木の結婚式か。…なあ、柏木。俺が彼女に見放されたら慰めてくれるか…?」

 後ろから羽交い絞めにされて「俺、結婚するんだよ」と。


 たった一言のそれは、初対面の人に接するみたいな丁寧な言葉に聞こえ、耳元で囁かれた声に輪郭が浮き上がる。


 私から離れた佐々木さんは漸く煙草に煙を燻らせて、侘し気な表情を落とした。

「…え。佐々木さん…。佐々木さんっ。おめでとうございます!」

「お前、興奮しすぎだよ。灰が落ちる」

 彼女さんはきっと、ずっとその時を待っていたんだと思ったら、私から抱き着きたいのを堪え、腕を揺するに留めた。

「お前はあっちだろ」

 って、近寄ってきたのは佐々木さんの方なのに、肩を押されてふらついた体を、いつの間にか目の前にいた紘平が受け止める。
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