優しい胸に抱かれて
1杯のコーヒーを飲み切る間、姉は思い出してはひたすら怒っていた。だがそれは、俺のことを考えてくれた思いやりではなく。

「私の義妹は紗希ちゃんだけなんだから。本当の妹だと思ってるのに、受け付られるわけないでしょ。気持ちの問題なのよ!」

と、アレルギー反応を起こしたみたいな口振りで激語した。

「まあ、わからなくもないけどさ…」

自分の彼女が身内に好かれるのは嬉しいが。喧嘩の原因が、子どもの名前に[紗希]と名付けようとしたからとは。複雑な心境な俺はどう宥めていいのかわからず、口を濁らせ引き攣る頬を持ち上げた。


コーヒーを飲み干した姉は「よいしょっと」掛け声とともに重そうに立ち上がり、買い物に出て行った。お腹を空かせた俺と紗希に、朝食兼昼食を作ってくれるらしい。

「大丈夫かな?」

「大丈夫だろ?」

どうやら紗希は、姉を心配しているようだ。


着いていこうとした紗希に「いいの、いいの。2人っきりにさせてあげるわよ。優しい姉でしょ?」なんて、歌なんか歌ってご機嫌な様子に、さっきまで怒鳴り散らしていたのはどうした?と問いたいくらいだ。

近所のスーパーへは歩いて5分、ゆっくり歩いても10分はかからない。あのお腹であれだけ動ければ大したものだと思う。


「あの調子なら心配ないよ。それより…」

せっかく訪れたチャンスを有効活用しようと、細い体を引き寄せ無理やり腕の中に収めた。突然のことに戸惑いを見せるも、毎日のことで習慣化されたのか大人しく俺に抱かれている。


カフェインレスというだけあって、苦みが薄く後味すっきりのノンカフェインのコーヒーは飲めなくはないが、どうにも口に合わずなかなか減らない。

それでも、淹れてくれたのだからとカップへ口を持っていくと、「あっ、待って。淹れ替えていい?」と、進まないのが見てとれたのか、紗希は返事を待たず俺からカップを奪い、腕からすり抜けていった。


コーヒーを淹れ直し、洗い物を済ませてようやく落ち着いたかと思えば、また俺の隣からいなくなった紗希は、小さな瓶を手に戻ってくる。
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