優しい胸に抱かれて

数回、吸っては吐きを繰り返し、返ってこない答えに痺れを切らした平は煙草に手を伸ばす。揃って競うようにふかした煙が、空気中に消えた時。重い口を開いた。


『お前が言う周囲の目ってのは、柏木限定ってことでいいのか？』

『…ですね。だって、知ってたわけでしょ？』

『考えていたとして、それが嫌だったらその時点で除外されるんじゃねぇのか？彼女としても、付き合うのも、そもそも好きにもならねぇよ』

『じゃあ、それもひっくるめて、覚悟のうえで好きになったなんですか、彼女さんのこと？』

『好きじゃなきゃ付き合ってねぇし。柏木一人黙らせるくらい難しいことじゃねぇしな』

『…羨ましー。俺、無理。丹野と付き合うとか、職場恋愛は無理。冷やかされんのも茶々入れられるのも、探られんのも、嫌なんですよ。女同士、お互いの彼氏や旦那の話するの好きでしょ。自分のいないところで何言われてるか、考えただけでぞっとする』

『いるところで言われるよりいいんじゃねぇの？』


その場にいなけりゃ、適当にあしらうことはできるが、間に挟まれて自分の話なんかされてみろ。意に反した約束をこぎつけられ兼ねない。

女同士集まれば全員が彼女の味方だ、男側はよってたかって悪者扱いされるだけだろ。その場にいないに越したことはない。


『日下さん。柏木だからって油断してませんか？女同士の会話、聞いたことないでしょ？下ネタ大好物、男より過激なんですよ？』

合コン好きの平の言葉は、妙に説得力がある。にしても、過剰に意識しすぎだ。


『何を怯えてんの、お前は？』

『…丹野に聞かれたんですよ。工藤さんと柏木の雰囲気から想像できない、あの二人は夜の方、激しいんですか？って』

『…興味ねぇよ』

『俺、迂闊にも想像しちゃって…。無理ですよ、ほんと…』

『お前に試してもらいたかったんじゃねぇの？』

そう返せば、平は下げていた目尻を極端に吊り上げた。大きく目を見開き、信じられないといった顔をし、しきりに煙を吸い込んでいる。