優しい胸に抱かれて
如何わしそうに見上げる私に、彼は眉を思い切り寄せて苛立ちの色を微かに見せる。
『ああ、もうっ。わかんない? これは紙だろ、紙になったんだよな? データがあるだろ、この中に』
粉砕された紙屑を見せ、パソコン本体を乱暴に叩く。
前川さんが来たらと思ったら落ち着かない私とは反対に、堂々と椅子に腰掛けパソコンを操作する。その画面をじっと見ているだけの私に。
『…ほら、あった』
にんまりとした笑顔を私に見せる。再現不能と思っていたものが、馬鹿馬鹿しいほど簡単に画面に現れた。
大袈裟かもしれないが、私の中でこの時の彼は救世主だった。
考えなくてもデータというものがあるのに、そんな当たり間の事がすっぽり抜け落ちていた。
『あっ、これです! 工藤主任! これです! これっ』
必死に指を揺らす私を見て笑いながら印刷のアイコンをぽちりとクリックし、離れた場所に設置されているコピー機から、機械音と同時に紙となって再現された。
『はいはい、これだよ。わかったって、感動してないでさっさとコピーして持って行けよ』
『はい! ありがとうございます。工藤主任、ありがとうございます!』
『わかったって、何度も言わなくてもいいから、早く行け。それこそ雷が落ちるぞ』
コピー機へ向かおうとして、ちらっと振り返ると片手をズボンのポケットに手を入れ、もう片方の手を上げてひらひらと振っていた。
私がぺこりと頭を下げると、いいから早くしろとでも言わんばかりに手を払う。聞こえもしないのに『はい!』と返事をした。
コピーを取り終え会議室へと入ると、前川さんしかまだ来ていなかった。慌てて人数分の書類を配り終えた。
『…この企画書はボツになったと聞いてないのか?』
退室しようと背を向けた私に降りかかる、信じられない一言にすぐさま振り向いた。額に青筋を張り付けているものの、表情に陰りを見せていた。
『え…、ボツになった? いえ、聞いていませんでした、申し訳ありません』
『そうか、わかった。後は俺がやるから行っていい』
『はっ、はい、失礼します…』
おずおず扉を閉めると、フラフラとフロアに戻り自分の席に腰を落ち着かせた。
怒鳴られるぐらいじゃ済まないと、抜き差しならない状況に陥ったのにも関わらず、その取越し苦労に安堵からなのかどっと疲れが押し寄せた。