優しい胸に抱かれて
「島野、柏木。後を頼むな」

「はい。旭川は雪の天気予報でしたから気を付けて」

 頷いただけの島野さんの隣で、引っ張られた耳を押さえながらそう返事をした。


 今回旭川に新しくショッピングモールが建ち、そのモール内のショップの内装工事を請け負っていた。

 オープンが1ヶ月後に迫っていて、長島課長と佐々木さんが追い込みラッシュに駆けつけにいくところ。すでに施工課のほとんどの人間が出張で出払っていた。


「雪か、あっちは雪深そうですね」

「ああ、まだ降るのか。雪はもういらないんだけどな」

 佐々木さんと長島さんはやれやれと肩を揺らしながら、冬の北国ならではのお決まりの会話を繰り広げ出て行った。


 散々悩んでいた島野さんはファイルを鞄に詰め込み、ネクタイを締め直す。

「俺も行ってくるわ」

「はい、夕方は雪マークついてましたから帰り気を付けて。何かあったら携帯鳴らしますね」

「こっちも雪か。積もるほど降らなければいいな」

 鞄を抱え、夕刻の渋滞を気にしながら島野さんも出て行った。


 結局のところ、色は決まったのかは聞かないでおいた。というのも、センスはなくても島野さんなら大丈夫だろうという安心感からだった。


 丁度昼時でみんな出払っていて、島野さんもいなくなり急に静かになったフロア。島野さんが脱ぎ捨てたサンダルを机の下へと追いやった。


「12時半かあ、私もお昼にしようかな」

 壁時計に目をやると、とっくにお昼は過ぎていた。簡単に机の上を片づけ、財布片手にフロアを後にする。
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