優しい胸に抱かれて
□ドライバー
 出向から戻った彼らが出社した、朝の騒動からパソコンに向かうこと5時間。気づけばお昼が疾うに過ぎていて、時刻は14時を回っていた。


「柏木、ちょっといい?」

「どうしたの?」

 一課と二課を繋ぐパーティションとパーティションの間にある隙間から、ぎこちなく姿を覗かせるのは平っちだった。「入ってきたら?」と目配せすると、歩を進めつつ言いにくそうに堅い表情を作った。

「頼みがあるんだ」

 一重瞼なのにくっきりと形が整っているからか、重い印象を受けない奥行きのある瞳で、平っちは訴えるように申し訳なさそうに両手を合わせる。

 伸びきった黒髪は襟足を捕らえていて、前髪は目に掛かり視界不良もいいとこだ。忙しさから切りに行けないでいるらしいが、何で忙しいんだかプライベートはあまり褒められたものじゃない。

 彼は二級建築士、平 優太(タイラ ユウタ)。一課の施工係長、唯一仲のいい同期。

 ちなみに合コン好きで本命はいない。


「実は、うちで手芸店の新店舗やるんだけど、どうしても手芸だのってのは疎くて、俺は建築専門だし、グループに女はいないから困ってて。柏木は手芸店の改装得意じゃん? 知恵を貸して欲しいんだ」

「え? いいけど…。女がいないって、一課にもいるじゃない? それに合コン行けばもっといるでしょ?」

 平っちながらの独自のマーケティングルートを持ち合わせていた。

「…合コンって、それひどくない? うちの女共にも聞いたよ、満場一致で柏木に聞くのが一番だって。緊急なんだよ、忙しいのはわかってる。なんとかっ、この通り! よし、俺も男だ。何でも奢る!」

「よし、って。何それ? 合コンで忙しいんじゃないの?」

「合コン合コンってなんだよさっきから。もちろん、忙しいに決まってるだろ。聞いてくれよ、今度は歯科助手となんだよ。来週の金曜はダメだから」

 要するに、来週の金曜日は歯科助手の綺麗な方々と合コンってこと。仕事のスケジュールもそのくらい気合い入れて覚えていたら、デキる男なのにもったいない。
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