優しい胸に抱かれて
 息つく暇もなく、後輩の朝生くんが私を見るや否や慌てた様子で駆け寄ってきて。

「長島課長が電話欲しいって。搬入事故によって取り替えることになった什器は現場に届いたものの、部品がまだだって。棚の一部でどうのって。なんか焦ってました」

 あの長島課長でも焦るのは当然だろう。あの什器の部品がなければ、今日の夜の搬入作業がストップする。


 長島さんの携帯へ電話すると、待っていたかのように2度目のコールで電話に出た。

「お疲れ様です、柏木です」

「お疲れ、困ったことになった。商品部の発注に不備があったようで、部品は別便でしかもそっちに届く」

 現場にいる長島課長の受話器越しの声は、それでなくても無愛想なのに騒然として少し聞き取りにくい。困ったと言いながら、感情が声に出ないからわかりにくいが本当に困ったことになっていた。

「…え? ここにですか?」

「そう、参った。よりにもよって什器は埼玉から発送で札幌に在庫がない。部品を発注し忘れて気づいて発注掛けたのはいいが、受けを現場にしなかったんだと。応用が利かないんだ、その部品がないと他の什器も入れられない上に、商品陳列ができなくなる。搬入作業もできなくて、このショップだけプレオープンに間に合わない」

 部品の発注漏れ、しかも荷受けが現場じゃなく会社って。

 店舗施工の納期はどこもかしこも悠長に何ヶ月もあるわけではなく、2週間だったり10日だったり、当日だったり様々。今回のショッピングモール内の数店舗の納期は明後日の土曜日。

 プレオープンの日曜日まであと3日。明日は予備日、出きることなら明日の朝までにショップに引き渡したいところだ。ショップ側の準備を考えれば、本日中。

 タイトなスケジュールの中で、小さなミスが引き起こす損害は大きかった。


「誰か、旭川まで持って来れないか?」

 届けるしか選択肢はない。

 島野さんは接待、日下さんは顔見せがてらの挨拶回り。平っちはサワイクラフトを煮詰めなきゃいけない。あとは、全員現場か旭川に集合している。手が空いている人間なんていない。荷物はいつ届くかわからない。


「分かりました、必ず届けます。まず、荷物が届いたら連絡入れます」

「頼む」

 ぷつりと切れた電話。静かに置いた受話器をもう一度上げる。


 商品部に内線を入れ聞いた荷物の問い合わせ番号を検索するも、画面には配達中の文字。転送したとしても今日中は無理、いつ会社に届くか配送業者へ連絡しても「順番に配達しております」と、コールセンターのマニュアル通りの言葉が返ってくるだけだった。
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