優しい胸に抱かれて
「ヘリコプター…。それはありかも…、車より早いですよね?」

「ったく、お前は。…あのな、そんな経費が落ちると思っているのか?」

 部長から言い出したのに、怒るのは理不尽な気がした。

「部長が言ったんじゃないですか、何でも頼めって」

「それはお前が引き下がらないからだ、揚げ足を取るな。常識の範囲内の経費以外は経費として認められない、経理課行って勉強でもしてこい」

 そう吐き捨てた部長は、右手の人差し指を揺らし机を何度も叩き、苛々していることをあからさまに見せつける。


「外注やチャーターが今日中に届けてくれるか信用できません」

「馬鹿か。そもそも俺は外注やチャーターより何よりも、お前の運転が信用できない。日下はどうしたんだ?」

「日下さんは以前の顧客の挨拶回りに出たっきりです。ついでに、島野さんは今日は戻りません」

「何でお前しかいないんだよ二課は、ったく。なんにしても駄目だ」

 邪魔者を追い払うかのような動きで「しっしっ」と、腕を払う。思わず部長の机に両手を思い切り乗せ、身を乗り出す。


 2週間前のなぽりで言い返せなかった分を、梨の礫と分かりながらもここぞとばかりに思う存分食らいつく。

「部長は、私が運転する車に乗ったことないじゃないですか?」

「乗らなくても分かる、そもそも乗りたくもない。何度か運転したことがあると自棄に強調するが、どうせ教習所だとか、敷地内だろ。それは運転じゃない、練習だ。とにかく、駄目だ。お前の運転とヘリコプター以外の方法でなければ認めない。ったく、いつから物わかりが悪くなったんだお前は。ああ、違うな…、物分かりが悪いのは元々だったか。馬鹿がっ」

 流暢に言葉を運び一気に捲し立てられた。ポンポンポンポンと雪崩のように台詞が出てきてこんなに早口なのに、舌を噛まないことに感心してしまうほど。

 何度目かの部長の溜め息と共に、後ろから水をさすような笑い声が投げられた。
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