優しい胸に抱かれて
「工藤、お前は笑い過ぎだ」

「すみません、部長の声が余りにも大きいので…。それに、確かに運転のセンスはないな?」

 可笑しそうに大笑いして、ちっとも面白い事なんてないのに。どちらかと言えば必死だというのに、眉を寄せた私を顎に手を当てまじまじと見下ろし「部長が正しい」って笑う。


 笑っていたかと思えば、急に真顔になって突き返された申請書の、申請者の私の名前に二重線を引っ張り、自分の名前を記入をした。綺麗な字体の隣に胸ポケットから出した判子を捺す。

「俺なら信用できる?」

 彼のスムーズな動きに、呆けていた私は素直に頷いた。と、同時に、私の名前だとあんなに拒んでいた部長は、物ともせずガチャリと音を立て承認印を捺した。

「工藤じゃ場所とかわからんだろ? 柏木は行ったことあるから大丈夫だな。ナビと万が一の電話連絡のために柏木も同行だ。絶対こいつに運転させるなよ。お前は引継進んでいるのか?」

 口をパクパクと水槽の中で漂う金魚みたいに動かし、声にならない私を完全に無視する部長は、彼に釘を刺した。


 どうして私が同行を強いられなければいけないのか。

「運転は任せてください、俺も死になくないもんで。この通りほとんど引き払っていますから、旭川へ行こうかと思っていたところでした」

 本当に旭川へ行こうと思っていたのかはわからないが、おかげで傭車の空車確認や手配云々、時間のロスを免れた。確実に部品を届ける手段は呆気なく見つかり、この件は解決しそうな兆しを見せる。

「そうか、頼んだぞ。柏木は何だ、不満か?」

「…いえ」

 不満を言えば、だったら外注かチャーターしろと振り出しに戻るだけ。自力で届けようとしていたのは事実、他に無事に届ける手段がない。ぺーパードライバーである自分が憎いくらいだ。
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