優しい胸に抱かれて
 旭川までほんの130キロ強、片道所要約2時間を我慢すればいい。一緒に戻って来なくても現地には他にも人がいる。何だったら現地のホテルに泊まってもいい。

 なんて甘い考えは部長の一言で、簡単に取り消された。

「その熱意だけは認めてやる。が、お前の宿泊費は経費では認めないからな。ホテルに泊まりたければ自腹だ」

「…はい」

 早い話が、一緒に行くんだから一緒に戻ってこいと言いたいらしい。

 これ以上ここにいると、また余計に怒られるだけだ。と、回れ右をする。

「荷物届いたら知らせろよ?」

 声の主を見上げて、頷くだけの私に背を向ける。彼は纏っていた香りを置いて消えて行った。


 トクンと何かが揺れる。

 優しく言い聞かせるような、穏やかな口調は昔と変わっていない。

 それから荷物が到着したのは、キリのいいところまで抱えていた仕事を終わらせ、適当にお昼を済ませたあと。時間は16時を過ぎていた。


 またしても部長の元にやってきてしまった。出来れば部長じゃない方がいいのに。ただ旭川に部品を届けるだけのことが、どうしてこんなにスムーズにいかないのだろう。

 書類に目を通していた部長はこちらを一瞥し、眉間に皺を作り苦渋の色を浮かべる私に、射抜くような鋭い眼光を向ける。

「何だ? 不満でも言いに来たのか?」

「…違います。部長、…工藤さん知りませんか? 荷物届いたので知らせに行ったらいなくて」

「そういや、商品部から工藤宛に謝罪の電話があったな。怒鳴り込んできて相当怒っていたから調査してその結果報告します、ってな。どっかで商品部に苦情の電話でもしてるんじゃないのか?」

「…そう、ですか」

 怒鳴り込む、相当怒っていた…。苦情…。

 彼が怒鳴り込むほどに怒るって、ピンと来なかった。怒っているところなんてそんなに見たことがなかったからだろうか。
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