優しい胸に抱かれて
 携帯とスマホの充電器を鞄に詰め込んで、忘れ物がないかの最終チェック。長島課長には電話で今から出ることを伝え、他に必要なものがないかの確認が済んだところで、彼は用意を調えてやってきた。

「じゃあ、行くか?」

 と、台車に届いたばかりの段ボールを積んだ。

 これから数時間耐えなければ行けないんだと考えれば、憂鬱にもなる。ちらりと彼の横顔を盗み見すれば、気にしていない様子で澄ましている。私だけが不安定。


「車回してくるから正面にいて」

 そう言うと、台車を押し駐車場がある裏口へと抜けていった。


 外へ出ると、タイミング良く車が到着した。が、幅寄せして止まった車両は社用車ではなくて黒くてワックスが施された綺麗な車。

 怪訝そうに眺める私に、運転席から腕を伸ばして助手席のドアを開けて「乗って。荷物は後ろ」と、後部座席を指さして促す。

「…お邪魔します」

 恐る恐る乗り込み、物珍しげにきょろきょろしてしまう視線が落ち着かない。

 ただでさえ狭い車内に二人きりなのに。社名となんの工夫もない[RS]のロゴ入りの、乗り慣れたワゴン車やライトバンならまだ分かる、誤魔化しようがある。どうして会社の車じゃないのだろう。

 私が不信がっているのが見て取れたのか、ハンドルを握った彼は、ふっと笑って口を開く。

「直帰するなら会社の車より、自分の車の方がいいから」

 後方確認をしながらそう言うと、ゆっくりと車を走らせる。

 車道はすっかり雪が溶けていて春は目の前。でも、敷地内にはところどころにまだ氷の層が残っていて、「おっと、滑る、滑る」なんて不安になるようなことを言うも、その表情は余裕綽々。

 そんなこんなで、彼の運転する車は未だ落ち着かない私を乗せ、薄暗い街の中に溶け込んだ。
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