優しい胸に抱かれて
 揺れてむず痒くなる心を誤魔化すように、気になったことを口にした。この際だから開き直ってみれば楽になれそうな気がした。過去の私に積極的になれと教えてくれたのは紛れもなく彼だ。

「…商品部に電話入れてたって、怒鳴り込んだ、とか?」

「部長に聞いたのか?」

「苦情の電話でもしてるんだろって」

 部長から伝えられた詳細を告げる。

「してた、してた。それの何が引っかかる?」

 前を向いたまま首を傾げ、私が何か言い出すのを待っている。

「苦情って、…考えにくくて」

「ああ、そうか。仕事だから、ミスはミス。言わなきゃいけないことは伝えないと、とは思ってる。そりゃ、大声を出すことだって部長みたいに怒鳴り散らすことだってある。紗希だってあるだろ?」

「あります、けど…。…見たことなかったから」

 本気で怒ったり、まして怒鳴ったりする姿を私は知らなかった。


「…、うん、だろうな。だから、大変だった隠すの」

「え…?」

 あまりにもけろっと話すから、彼の横顔に「どういうこと…?」と、食いついた。

「好きな女にそういうところは見られたくなかったからさ。特に紗希は引け目感じちゃうだろうし」

 車線変更するわけでもないのに、サイドミラーやバックミラーを交互に見て「こっち見過ぎ」なんて言う。どうみてもその行動は照れ隠し。自分で言っておいてそれはない、言われたこっちが恥ずかしくなる。


「…紗希だって、俺に見せたことない一面あるだろ?」

「例えば…?」

「泣いたり笑ったり以外にさ。他の感情、俺には見せなかっただろ?」

 乾いた笑いをして目尻を下げた横顔に、私は目を離せなかった。

 この人は何を言っているのだろう。
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