優しい胸に抱かれて
すぐと告げた彼は本当にすぐに来たらしかった。時間で言うと10分くらい、その10分は私にとっては何時間も感じられた。
車両止めの石の上でじっと待つ私の前に、車が止まる。ハザードランプが点滅し、車のドアが閉まる音。
『何だ…、泣いてるのかと思った』
ほっとしたような声で私の前に立つ彼は、普段ぴしっと仕立てたスーツでも、セットされた髪型でもなく、会社では見たことのない出で立ちだった。
そんな彼を一目見るなり、私は泣いた。
『な、何で、今泣くんだよ?』
『…主任っ。ごめんなさい』
戸惑う彼に謝った。何に謝ったのか、電話を切ってしまったことか。電話にすぐ出なかったことか。来て貰ったことへの罪悪感か。泣いてしまったことへの負い目か。プライベートを見てしまったことへの責任か。
いっぱいありすぎてどれかわからなかった。
困った様子で私をあやす彼は前髪を垂らして、コートを羽織っているが中はTシャツに綿パンを履き、何故かそれに革靴というあべこべな格好が、本当にすぐに駆けつけてくれた証拠だった。
『ごめんなさい…』
『…謝り過ぎ』
そう言うと私の腕を取り、引き寄せられる。身体は彼の腕の中、頭は胸に押し付けられていた。
沸いてくる感情が抑えられなくて、涙は簡単には止まらなかった。黙って、胸を貸してくれて、回された腕で強く抱きしめられると、それ以上に声を出して泣いてしまった。
次から次へと頬を伝う雫は、彼のTシャツに染み込んでいった。咳き上げる私の背中を力を込めて押さえてくれた。
『ごめんなさい…。っ、こんなところ、主任の好きなっ、人に、見られたらっ、…ご、誤解っ、…されちゃますね』
しゃくりあげる私をもう一度強く抱きしめた後。
『…大丈夫、気にするな』
耳元で、か細い彼の声が聞こえた。私はその優しさにまた泣き入った。
『このまま帰すわけにはいかないな。とりあえず、車に乗ろうか? 体も冷えてる』
体を離し、自分が羽織っていたコートを私の肩に掛けると、腕を引っ張って車の助手席に押し込んだ。
『来週か、ホワイトイルミネーション。もう冬だな』
彼の呟きは独り言として耳から抜けて消えていった。
独りになりたくなかった。何処に向かって走っているのか、聞けなかった。