優しい胸に抱かれて
とある住宅街の片隅、マンションの駐車場の中に慣れた様子で突き進み、車が停止した。
『降りて』
『ここは…?』
マンションを見上げると、夜中なこともあってか各部屋はまばらに灯りが点いていた。
『俺んち。嫌なら柏木んちに送る』
首を横に振って、彼に着いて行く。エントランスでオートロックを解除し、エレベーターに乗ると8のボタンを押した。
8階の角の扉の前、鍵を差し込みドアを開けて部屋に踏み入れた彼は『入って』と、私の手を握った。感覚のないかじかんだ指先がほんのり温かみを感じた。
『ここが、トイレ。こっちは洗面台とお風呂な。まずは…、寒いだろ、手が冷た過ぎ。熱いシャワーでも浴びる? 着替えとかないのか』
『…あります、着替えも洗面道具一式入ってます』
いつの間にか私の手から消えたバッグは彼が持っていた。そのバッグを指でさす。
『ああ、…そうか。どうりでやたら重いと思った。顔洗えば少しはすっきりするだろ?』
『じゃあ…。シャワー、借ります』
私の言葉に、棚からタオルを引っ張り出しバッグと共に手渡した。
『ドライヤーはそこ。タオルは新品じゃないけど洗濯済みだから。出たら飲む? 朝まで話聞いてやるよ』
『…ありがとうございます』
『どういたしまして』
いつもの彼の笑顔が洗面所の扉の向こうに消えていった。
シャワーを頭から浴び、冷えた体に血が通い出したのと同時に脳内が冷静に働き始めた。迷惑掛けて、何やってるんだ私は。と。
すっきりする予定だったのに、独りになってこみ上げてくる。熱いシャワーよりも熱い物が瞼の奥から溢れ出した。