優しい胸に抱かれて
着替えて髪を手早く乾かし、灯かりが漏れる扉を開ける。ソファーの背もたれにちょこっと頭を覗かせる彼の横に立つ。
『…化粧してた方が大人っぽいんだ』
目を丸くしてこちらを見上げるから、顔を掌で覆う。
『あ、あんまり見ないでくださいっ』
『あはは、気にするほど変わんないって』
立ち上がって、私をソファーに座らせる。キッチンの奥から飛んでくるお酒の種類。
『カシスオレンジ、レモンサワー、グレープフルーツサワー、ビール、ハイボール。どれがいい?』
『グレープフルーツ…』
テーブルの上に缶を二つ置いて、お皿に適当に並べたおつまみを手に戻ってくる。私の隣に座り、缶のプルトップを開け冷えた缶を手に持たされた。
彼はビールの缶を私が手にした缶に軽く合わせる。
『お疲れ様』
と、口を付けて、喉の奥へ流し込む。
『…お疲れ様です』
同様に喉に流し込めば、甘酸っぱいグレープフルーツの香りが口の中に広がった。
『主任は普段もお酒飲むんですか?』
『平日は飲まない、次の日が休みの時だけ』
『…主任の部屋、綺麗ですね?』
『そう? 散らかす暇がないんだろうな』
2LDKの彼の部屋。リビングから続く部屋の扉は全て開け放たれていて、一つは机と本棚、それにパソコンが置いてあるだけの部屋。もう一つは寝室だった。
物が少ないからか、すっきりしていて、一週間放っておいた私の部屋の有様とは比べようがない程、片づいていた。洗面所にも髪の毛一本落ちていなかった。
『家では靴下履かないんですか?』
『窮屈だから履かない。冷えるから柏木は履いた方がいいんじゃないか?』
朝まで聞いてやると言った彼は、何があったのか問いただすことはなかった。私が口にする場違いな質問に答えているだけで、私のタイミングで話し出すのを待っているみたいだった。