Addictive Gummi


 それがあさひ部長だった。


 確かに、当時のあさひ部長はまだ役職ではなかった。
 本社勤めではなく、支店で営業マンをしていた。現場での武者修行というやつだ。

 だから私はあさひ部長の顔を知らなかったのだ。

 社長には二人の息子がいて、社員として働いているという噂は、知っていたけれど。
 へえ~と思う程度だった。
 組織の末端に位置する私には、関係のない話だと思っていた。


 それにそのときのあさひ部長は、勤めている会社名を話さなかったし、私も話さなかった。
 会社に内緒で副業のバイトをしているということは、褒められたことではない。

 大学生? と聞かれて、はいと嘘をついてしまった。

 そして、新しいブラウスを買ってくれるというあさひ部長のお言葉に、結局甘えた。
 
 あさひ部長の押しが強かったというのもあるけれど、買ってくれるならありがたいと素直に思った。
 ブラウス代とクリーニング代で、今日のアルバイト代は飛んでいくなあと、ブルーに思っていたからだ。

 それに、あさひ部長ともう少し一緒にいたいと思った。

 ハンカチを差し出してくれたときに、すでに一目惚れしていたのかもしれない。
 女性たちからかばってくれたことも、とても嬉しかった。


< 20 / 48 >

この作品をシェア

pagetop