オフィスのくすり
「なんで私がこいつと約束しなくちゃいけないのよ」

 彼は上目遣いに井上を見上げながら、
「だって、僕、この人に威嚇されたことあるんです。

 花見のときに」

 そう小声で言ったが、聞いていないかと思った井上が、

「威嚇じゃなくて、牽制」
とこちらを見ないまま言い換える。

「牽制? なにを?」

「花見のとき、お前が何か挨拶してて。

 それをこいつがポケッと見惚れてたから、ちょっと」

「……なんて?」

「いや、悪い女に引っかからないように言っただけ。
 効果なかったみたいだけど」
と井上は笑う。

 そして、余計な言葉を付け加えた。

「こいつが気になって、旦那と別居状態なんだろ?
 なんで、距離を置いてる?」

 ええっ? という顔で和泉はこちらを見た。

 余計なことを、と思いながら答える。

「……気になるというか。

 和泉くんが示してくれたみたいな情熱を、あの人からは感じないなと思ったの」

「旦那は冷静なだけだろうが。
 こいつは若いから無謀なだけ。

 このFAXの女と一緒じゃないのか?」

 その言葉に二人同時に、えっ? と彼の手元のものを見る。
< 14 / 30 >

この作品をシェア

pagetop