オフィスのくすり
 改めて見ると、さあ、帰って呑め的な差し入れだなあ、と思った。

 部長も気を使ってくれてんだなあ、と思う。

「もう仕事だけに生きよう」

 此処なら頑張ってる限り、誰かが認めてくれる。

 恋愛では頑張っても、頑張っただけ認めてくれるなんてことはない。

「いやあ、会社もバッサリ切ることがあるぞ。

 知らない土地と人間の間で慣れなくて、死にそうになってても、あんまり手助けもしてくれないしな」

「なに言ってんの、エリート。
 他の人よりは優遇されてるでしょ?」

「エリートでもしんどいときは、しんどいんだ」

 エリートというところは否定せずに、そう主張する。

「だからな。
 今、そこでボケッと仕事してるお前の後ろ姿を見て、なんか安心したんだ」

「は?」

「日本に帰ってきても、帰る家もないしな。

 向こうに居るのと、そう変わらないかと思ったとき、お前が見えた。

 昔好きだった相手を見ると、その頃の気持ちを思い出すだろ。

 ちょっと、入社してお前と出逢った頃のことを思い出した。

 当時は憧れの会社に入れて、何もかもが新鮮で嬉しかったなとか思ってさ。

 いいリフレッシュになったよ。

 此処に帰ってきたからじゃない。
 お前を見たからだ」

 な? と井上はこちらを見て笑う。
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