彼が嘘をついた
仕方なく、グラスに口をつける隼人くん。
そんな彼のグラスに次を注ごうと、何人かがビールを手に待っている。

「…五十嵐くんは"すぐに帰る"と言っているのだから、そんなに飲ませるもんじゃないよ」

そんな人たちを、そう言って制したのは兄だ。
みんなが驚いて兄を見る。

兄は冷静に、
「ちゃんと顔を出しただけで義理は果たしましたよ。
これから2人で出掛けるのでしょう?
早く行きなさい!」
私たちにそう告げた。

「はい、ありがとうございます」

隼人くんは兄にそう言うと、テーブルにグラスを置いて私の手を引いて村井さんの前へ。
そして、
「すみませんが、俺たちはこれで帰ります!」
と告げた。

「あぁ、分かった。
何だ、これからデートかよ?
社内だけじゃなく、取引先にも佐久間さんのファンはいるみたいだからな。わざわざ一緒に来たのは牽制か?」

村井さんからの冷やかしの言葉に、

「もちろん!
そうとってもらって結構です」

ニヤリと笑いながら、そう答えた隼人くん。
私は恥ずかしくなって俯いたが、視線を感じてそちらを見ると、離れた場所から佐倉さんが私たちを見ていた。
その視線には、隼人くんも気付いたみたいだ。
佐倉さんの側には、真由子とヒロくんがいる。

「…大丈夫だよ。
さぁ、行こうか!」
隼人くんはそう言うと、私の手を引いて店を出た。
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