彼が嘘をついた
「…遥」
不意に父に呼ばれた。
返事はせずに、目線だけを父に向けた。

「今日はただ、形式だけのお見合いだから、前に言ったようにお断りしてもいい。
だけど、断ることを前提にはするな。
しっかり相手の話を聞いて、ちゃんと考えて、それから答えを出せ。
…俺から言うのは、それだけだ」

父は私の方を見ずに、淡々とそう告げた。

「…そろそろ時間だ。
先方も、もういらっしゃるだろう」

兄がそう言うと同時に個室のドアがノックされ、店員さんが入って来て、
「お連れ様がいらっしゃいました」
と告げた。

私はイスから立ち上がり、背筋を伸ばして姿勢を正した。
これでも一応、四つ葉フーズの社長令嬢である。相手は取引先の社長なのだから、礼儀正しく、挨拶もしっかりしなければならない。

「これは佐久間社長。
今日はお時間を作っていただきありがとうございます」
そう言って個室に入って来たのが、五十嵐デパートの社長さんだろう。

「こんにちは」
次に入ってきたのが、社長夫人だろうか?
40代半ばくらいの着物姿が似合う美人だ。

「失礼します」
最後に入って来たのが、社長の息子さん。私のお見合い相手だろう。

そんなことを思いながらその人を見る。
すると…、驚いてしまい「えっ…?どうして?」
と声が出てしまったかもしれないな。
だって…
そこにいたのは隼人くんだったから…






< 164 / 198 >

この作品をシェア

pagetop