彼が嘘をついた
隣を見ると、美鈴先輩も眉をひそめている。

「坂本さんも、佐久間さんも、そんな顔しないで。って、不信がられても仕方ないけど。
…単刀直入に聞くわね。
社長の親族が本社にいるって本当?」

私は美鈴先輩と顔を合わせる。
彼女は頷くと答えた。

「…はい、本当です。
佐久間副工場長が言ってました。
…正確には、"社長の親族"じゃなくて、"佐久間副工場長の親族"です。
だから、佐久間副工場長の奥様の親戚なのかも知れません」

「なるほどね。
それが誰かは分からない、と…」

「はい。
その当人が隠したいみたいです」

「そっか、ありがとう」

そこで久保田課長は、コーヒーを口に運んだ。
今度は美鈴先輩が問い掛ける。

「…秘書課の方では、ご存じないのですか?その親族の方を…」

「えぇ。
私たちは、本当に社内だけの秘書だから。
会長や社長のご自宅も知らないのよ。
佐久間副工場長が社長のご子息ってことも、本人が告白するまで知らなかったの」

それは本当に、久保田課長の言う通り。
自宅に、会社の人間が訪ねてくることはなかった。
それは、多分、私のうちには母も祖母もいないから。
私がもの心ついたときには、家のことは全てヘルパーの方がやってくれていた。
…そう。
その時から、うちには母も祖母もいなかった。
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