オトナチック
その音がおばあさんに聞こえてしまったのではないかと、私は不安になった。

おばあさんは微笑んだ。

音に気づかれなかったことに、私はホッと密かに胸をなで下ろした。

だけど、杉下くんは聞いた。

癌で余命幾許もないおばあさんに、杉下くんは“願い事は何?”って聞いた。

おばあさんの唇が開いた。

「それに対して、私はこう答えたの。

“最期に1回だけ、あなたのお嫁さんの顔が見たい”って」

「そ、そうだったんですか…」

その後の杉下くんの行動はわかっている。

彼は私に住むところを提供する代わりに、婚約者のふりをして欲しいと頼んだ。

それに対して私は首を縦に振って、現在に至っている…と言う訳だ。
< 164 / 326 >

この作品をシェア

pagetop