ほとんどパラダイス
上総(かずさ)さんは、一瞬の間をおいてから、ため息をついて、私の両のまぶたに順番に口づけた。

嫌じゃない……。
むしろ……いい感じ?

しばらしくしてから、そっと目を開けた。
至近距離に上総さんの綺麗なお顔。

「無理強いしないって言ったから、今、自分を抑えてる。」
困ったように苦笑して上総さんがそう言った。

「……ありがと。助かる。……さすがに、今日逢ったヒトといきなり……は……心の準備できない。」
私はそう言って、自分から上総さんに抱きついた。

もちろん、こんなのはじめてだ。
……男なんか気持ち悪いと思ってたけど……むしろ心地よく感じた。
ドキドキする。

「学美……言ってることとやってることが合ってない。煽らないでくれる?」
そう言いながらも、上総さんの両腕が私の身体に回った。
さわさわと背中を撫でられる。

「……やらしい。そういえば、すっぽんの下でも、腰をさわさわ撫でてた。」
「そうだっけ?無意識かも。かわいいから。」

むー。

「かわいくないもん。てか、見た目でとやかく言われるの、嫌。」
つい、いつものように主張してしまった。

……容姿だけで惚れられ続けてきた私は、かわいいと言われることさえも、トラウマなのかもしれない。

でも、上総さんは首を傾げた。
「別に見た目だけじゃないでしょ。学美、かわいいよ。てか、ほっとけなかったよ。明るいとこで見たら、確かにきれいな子だと思ったけど。それ以前に、学美に昔の自分を重ねたよ。話がしたくなった。」

昔の自分?

驚いて、上総さんを見た。
「上総さんも、自分の容姿、嫌いだったの?そんなに綺麗なのに?」

「学美も、そんなに綺麗なのに?」
愉快そうに上総さんはそう返した。

「もう!」
上総さんの胸を強く押して勢いよく離れた。

「ごめんごめん。でも、冗談じゃなくてさ、マジな話。俺もちっちゃい頃、自分の容姿を褒められるのが嫌だったからさ、よくわかるよ。」
そう言って、上総さんはグラスにアルマニャックをついだ。
「飲む?」

私は、当然とばかりにうなずいた。

「これはカパカパ飲まないでね。強いから。」
そう言って手渡してくれたアルマニャックは、すごーくいい香りがした。

「これも葡萄、ワインもシャンパンも葡萄。種は同じでも造り方と環境で随分変わるよね。」
そう言って、上総さんはクイッと口に流し込んだ。

……自分はカパカパいくんや。
私も負けずに口に含む。
強いアルコールの刺激と香りに、慌てて飲み干した。
喉が焼けるように熱くなった。
……確かに強いお酒だった。

上総さんは一連の私の反応を見てちょっと笑った。
「そういうところ、かわいいと思うよ。本当に。」

いや、それ、ほめてないから。


「俺、京都で生まれ育ってんわ。」
突然、上総さんの言葉が標準語から京言葉に変わった。

「そうなんですか?私も生まれたんは京都ですよ。一緒。」
今は滋賀県に住んでるけど、と、心の中で付け加えた。

上総さんはふっと笑って、私の手を取り、強引に握手した。
「ほんまや。一緒一緒。」
そして私の手を握ったまま、話した。

「俺、片親育ちでさ。母は水商売で俺を育ててくれたけど、父には逢ったことないねん。まあ、そういう環境の子が多い保育園と小学校に通ってたから虐められはせんかったけど。」

いきなりのヘビーな話に驚いた。
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